黒執事考察ブログ

葬儀屋(アンダーテイカー)についての考察を載せたいがためにはじめたブログです。『黒執事』に隠された「嘘」と「伏線」に、貴方も騙されていませんか?※本誌内容に言及します※

【黒執事考察ブログ】ヴィクトリア女王はビザールドールを容認しかねない?死者の「面影」に固執する彼女の危うい思想

こんにちは!餅月です。

今回は黒執事第222話の中で登場したヴィクトリア女王のとある台詞について考察していきたいと思います。

今回のエピソードの中で、特に気になった伏線があります。

それが、ヴィクトリア女王のこの言葉です。

「面影でもいい」

一見すると、愛しい人を想う切ない台詞のようにも見えます。

しかしこの言葉、黒執事の世界観を踏まえて考えると、非常に危険な発言にも思えるのです。

今回はこの「面影でもいい」という言葉を手掛かりに、
ヴィクトリア女王と死者蘇生の関係性について考察していきたいと思います。

黒執事で「面影」が意味するもの

ヴィクトリア女王
「私はまだ諦めきれないの。面影でもいい。ただ愛しい人に会いたい…。」
黒執事第222話「その執事、敬聴」より引用

第222話内で、ヴィクトリア女王は亡くなった夫アルバート公をまだ諦めきれていない事、そして面影でもいいから会いたいと思っている事が明らかとされました。

これは黒執事の中で大変重要な情報の可能性があります。

黒執事の世界では、現在はまだ完全な死者蘇生は成功していません。

その代わりに登場している存在があります。

それがビザールドールです。

ビザールドールの特徴を整理してみましょう。

・完全な蘇生ではない
・魂が存在しない
・しかし生前の姿は残る

つまりこれは「面影だけが残った存在」と言えるのです。

女王の言葉はビザールドールの概念と一致する

ここで改めて女王の言葉を見てみましょう。

面影でもいい

この言葉はまさにビザールドールの存在そのものと言ってもいいほど一致しています。

つまり女王は

・完全な蘇生ではなくてもいい
・魂がなくてもいい
・面影だけでも会いたい

つまりこれは、アルバート公が完全な蘇生者ではなく、ビザールドールであったとしても受け入れ、会いたいという意味あいにすら取れる発言なのです。

これはかなり重要な発言ではないでしょうか。

葬儀屋の研究とも完全に一致

ここで思い出されるのが葬儀屋(アンダーテイカー)の研究です。

葬儀屋の研究目的は死者蘇生の完成です。

しかし現状の成果は不完全な存在であるビザールドールの生成に留まっています。

しかし「面影」という一面から見てみるとどうでしょうか。

葬儀屋の成果
=面影だけの存在

女王の望み
=面影でもいい

例え死者蘇生技術を完成させていなくても、現時点でここが完全に一致しているのです。

ヴィクトリア女王は、自分にとって有益であれば排除しない

また、ヴィクトリア女王は豪華客船編でビザールドールに対し、その危険性を理解しながらも「そんなバケモノが味方になったらそっちの方が素敵」と発言しています。

歪んだ肉人形の存在に対し「そっちの方が素敵」と微笑むヴィクトリア女王:黒執事18巻第84話「その執事、想像」より引用

研究に出資するヴィクトリア女王

また、青の教団編では緑の魔女サリヴァンに自ら出資する様子も描かれました。

サリヴァンに直接投資するヴィクトリア女王:黒執事23巻第114話「その執事、暴行」より引用

以上の事から、仮にヴィクトリア女王と葬儀屋の研究がつながった場合、彼女はその研究を潰すどころか出資する可能性さえ否定できないのです。

これは葬儀屋&兄シエルにとっては朗報、
セバスチャン&坊ちゃんにとっては悲報といえるのかもしれません。

作中に繰り返し登場する「人形」

ここで気になるのが、黒執事という作品における人形のモチーフです。

作中にはこれまで

・ビザールドール(肉人形)
・パペット

など人形のモチーフが繰り返し登場しています。

これらに共通する要素は魂がない存在という点です。

アルバート公のパペットは象徴?

さらに今回の回想で、もう一つ非常に気になる演出があります。それは アルバート公の描写です。

今回の第222話でもアルバート公のパペットが登場しました。

アルバート公のパペット:黒執事第222話「その執事、敬聴」より引用

第222話では、ヴィクトリア女王の過去がかなり詳細に描かれました。

幼少期から結婚、そしてアルバート公との関係まで、非常に丁寧に回想されています。

しかしアルバート公の顔は、ついに一度も描かれませんでした。
これは意図的と思わざるを得ない演出です。

これほど重要な人物であるにも関わらず、アルバート公の顔は一度も描かれません。

その代わりに描かれたのは、パペット(人形)としての表情だけでした。

黒執事という作品では、これまでにも「人形」が重要なモチーフとして繰り返し登場しています。

このアルバート公のパペット演出には、何か深い意味が込められている可能性があります。

アルバート公の顔が描かれないことについては重要伏線の可能性がある為、後日個別記事化させて頂きます!
Coming Soon...

まとめ

今回は第222話で語られたヴィクトリア女王の「面影でもいい」という言葉を考察しました。

初めて読んだ時は、この言葉はただ愛する人を想う切ない言葉のようにも感じました。

しかし黒執事という物語の世界観を踏まえて考えてみると、この言葉はとても重く、そしてどこか恐ろしい響きにも感じられます。

魂がなくてもいい。
面影だけでもいい。

それほどまでに、
ヴィクトリア女王はアルバート公に会いたいと願っているのかもしれません。

そして同時に、この言葉は黒執事の物語の中で描かれてきた 死者蘇生というテーマ と深く繋がっているようにも思えてなりません。

これはただの演出なのでしょうか。
それとも――

ヴィクトリア女王と暁学会の距離は、今までにない程近くなっている気がしてなりません。

今後この2つの勢力はどのようにかかわっていくのでしょうか。
緊張感と共に見守りたいと思います。

よければクリック↓で引き続き応援お願いします🦴!

それではまた次の記事でお会いしましょう!
餅月