黒執事考察ブログ

葬儀屋(アンダーテイカー)についての考察を載せたいがためにはじめたブログです。『黒執事』に隠された「嘘」と「伏線」に、貴方も騙されていませんか?※本誌内容に言及します※

【黒執事考察ブログ】“離脱者“だった葬儀屋が“統制者”に?F.O.L.児童養護院と死神派遣協会に共通する“洗脳”と“支配”の構造。

こんにちは!餅月です。
今日はF.O.L.児童養護院と死神派遣協会の構造的類似そこに関わる葬儀屋の立ち位置の変化について考察をしていきます。
今回の記事は、下記記事からの抜粋となります。
www.under-taker.com

脱走する子供たちと、離脱する死神たち

F.O.L.児童養護院では、度々子供たちが脱走している事実が明らかになりました。

「脱走」という言葉が登場した時、私がふと思い浮かべたのが死神派遣協会の離脱組の存在でした。

施設の真実に気づいたF.O.L.児童養護院年長組の子供たちが、居心地のよい環境を捨ててまで逃げ出そうとする様子が死神派遣協会から離れる死神たちと重なって見えたのです。

両者に共通するのは、「幸福に見えるが、裏に暗い真実が隠れている」という点です。

  • F.O.L.児童養護院:子供たちは衣食住が整い、安全な環境にいるように見える。しかしその裏では血液と臓器収集が行われていた
  • 死神派遣協会:希死念慮なく生き生きと働いているが、実態は自殺者を“生かさず殺さず使役する”体制


これらはまるで思考を奪い、満足させることで逃げ出す動機を失わせる洗脳状態のように思えます。

F.O.L.児童養護院の子供たちは元々孤児の泥雲雀。
彼らにとってこの施設はとても恵まれた環境と言えます。

「F.O.L.児童養護院にとどまる何も知らない子供たち=疑問を抱かず使役される現役死神の縮図」
これらはどことなく似ているように感じました。

離脱組の葬儀屋と、脱走を阻止する葬儀屋

この対比の中で特に注目したいのは、
葬儀屋の立ち位置の変化です。

彼はかつて死神派遣協会を離脱した存在。
つまり「現体制への疑問を持った脱走者」だったはずです。

ところがF.O.L.児童養護院では、
なんとその彼が今度は逃げ出そうとする子供たちを監視し、止める側に回っていました。

これはとても皮肉な構図です。

かつて逃げた者が、今度は別の場所で他者の逃亡を防ぐ立場になる。

自らが否定した死神派遣協会と同じことを、別の形で再現しているのです。

“巣立ちの日“と“許される日”

F.O.L.からの脱走者は、死神派遣協会における離脱組と重なる存在だと言えるかもしれません。

  • 何も知らなければ幸せでいられた
  • 気づいてしまったからにはもう留まれない

子供たちは施設を離れる「巣立ちの日」をめでたいものと教えられています。

しかし実際の「巣立ち」は血液や臓器提供者として搾取される未来を表していました。

死神派遣協会にも同じく「救い」として形上は「許される日」が存在するとされます。

「許される日」:黒執事22巻第105話「その執事、尋訪」より引用

自殺してまで死を望んでいた死神達にとって「許される日」はどれほどの救いでしょうか。しかしそれを捨ててまでも離脱を選ぶ死神たちがいるのです。

もしかすると、F.O.L.児童養護院と同じように、そもそも“許される日”自体が存在しない可能性すらあるのです。

葬儀屋とお上

以前、オセロは葬儀屋の行いを「お上が決めた魂の定義を根本から変える行為」だと語りました。

F.O.L.児童養護院においては、本来離脱組側であった葬儀屋さんが、今度は施設から子供たちを逃がさないように統制し、命を選別する側に役割が変わっています。

つまり、かつて死神派遣協会の体制を疑い、壊そうとした葬儀屋が、別の場所・方法で“お上”と同等の力を手に入れつつあるのです。

これは死神派遣協会のあり方そのものを問い直す大きな伏線になり得るでしょう。

まとめ

今回は「離脱」と「脱走」に焦点を置いて、葬儀屋(アンダーテイカー)の立場について考察してみました。

かつては「離脱」した身である葬儀屋さんが、今度は「脱走者」を逃がさない施設を運営する…。
何とも皮肉です。

真実に気づくと脱走を試みる子供達。
死神もまた、死神派遣協会の「何か」に気付いた時、離脱を試みるのかもしれません。

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それではまた次の記事でお会いしましょう!
餅月