黒執事考察ブログ

黒執事は「腐女子向けの作品」ではない・・!それはあまりにも勿体ない!作品の「嘘」と「伏線」に貴方も騙されていませんか?葬儀屋(アンダーテイカー)についての考察を載せたいがためにはじめたネタバレ有りの考察ブログ

【考察】アニメ黒執事サーカス編OP:シド「ENAMEL」の歌詞の意味を考察/この曲には、真シエルの意図が隠されている可能性について

こんにちは!風邪が治った餅月です。

いやはや今回の風邪は私にしては珍しく一週間以上長引いてしまいました

熱があったまま大阪まで遠征して踊ってみた撮影したことや、その撮影翌日に丸一日USJで遊んで、挙句何故かあえて冷える夜にジュラシックパークに乗りずぶ濡れになったまま傘忘れた状態で雨降られたからかしら、とかもはや思い当たる点しかありません/(^o^)\我ながらバカス

季節の変わり目で寒くなってきましたので皆様どうぞご自愛くださいませー。

さてさて今日は
アニメ黒執事サーカス編オープニングのシド「ENAMEL」の歌詞の意味について考察をしていきたいと思います。

「ENAMEL」の歌詞をよくよく読み込んでみると、
この曲は、表立ってはいないもののとある人物の意図が隠し表現されている曲である可能性が見えてきました。


「ENAMEL」は、誰目線の歌詞?

「ENAMEL」
作曲︰御恵明希
作詞︰マオ

だから 早く 一心不乱 溺れてごらん
快楽へと 闇へと 螺旋階段

曲がりくねった その途中で
幾度となく 抜いた 刃
返り血で咲いた 綺麗な夜

もう 何もかも全部 忘れさせてあげるからさ
あざといキスはいらない 服従を命じよう

冷たい指で 装飾 めくる音が
エナメルから 伝わる 微かに

断片的記憶の中
たぐり寄せた記憶の中
透き通る 細い 首筋に

もう 戻れなくたって 檻の中で繋がったまま
二人 密接がいい どこまでも狂気へ

もう 何もかも全部 忘れさせてあげるからさ
あざといキスはいらない 服従は yes, my lord

戻れなくたって 檻の中で繋がったまま
二人 密接がいい どこまでも狂気へ

まず考察をするにあたり、
この歌詞がいったい誰目線のものなのかを考えていきたいと思います。

結論から申し上げますと、私はこの曲の歌詞のメインはセバスチャンと坊ちゃんの心境を描いたものであり、よくよく読み込んでみると、ある一箇所だけに、それらに紛れて真シエル(坊ちゃんの双子の兄)の思想が組み込まれている可能性があると感じました。

具体的に説明していきたいと思います。

セバスチャンの目線

私個人の解釈ではありますが、
この曲は主に坊ちゃんを悪魔として誘うセバスチャンの誘惑と、その悪魔にたぶらかされること無く、主人として凛とし悪魔に命令を下す坊ちゃんの水面下での刺激的な駆け引きを描いた歌詞なのではないかと感じました。

特に、快楽や闇へと溺れてごらんと誘う様子は悪魔の甘い囁きそのものです。

何もかも忘れさせてあげるから、と囁く悪魔としてのセバスチャンが甘美に描かれている歌詞だと私は感じました。

坊ちゃんの目線

またこの歌詞は、
セバスチャンの主張だけでなくそれに対する坊ちゃんの受け答えも描かれています。

セバスチャンの誘いに対し、
「あざといキスはいらない、服従を命じよう」と一喝しているセリフは、坊ちゃんのものである可能性が高いです。

このセリフは、
悪魔の誘いに乗ること無く己の道を貫く坊ちゃんの気高さを描いているように私は感じました。

いくら誘っても堕ちない相手だからこそ、セバスチャンも坊ちゃんの魂に惹かれてやまないのではないでしょうか。

坊ちゃんセバスチャン、どちらの目線でも説明がつかない一小節が存在する

さて、ここまで踏まえたうえで本題です。

この歌詞が主にセバスチャンと坊ちゃんの主張からなる歌詞だということについては説明しました。

しかし、実は「ENAMEL」の歌詞の中には、
セバスチャンの歌詞とも坊ちゃんの歌詞とも説明がつかない一小節が存在することに皆様お気づきでしょうか?

その問題の箇所がこちらです。

「戻れなくたって 檻の中で繋がったまま 二人 密接がいい どこまでも狂気へ」

「ENAMEL」作曲︰御恵明希 作詞︰マオ

一見この歌詞は、檻の中に坊ちゃんを閉じ込めた悪魔(セバスチャン)の主張の様にも見えます。

ですが、いままでの黒執事の中にある描写を踏まえると、このセリフはセバスチャンのものというよりも坊ちゃんのものというよりも、ここだけ真シエルの主張である可能性が高いのではと私は考えています。

具体的に説明していきます。

セバスチャンは檻の中には入っていない

黒執事の中でと言えば、
悪魔召喚儀式(サバト)の際に坊ちゃんと真シエルが閉じ込められていた檻が印象的です。

悪魔であるセバスチャンは、檻の中に閉じ込められたままの坊ちゃんの前に姿を現し坊ちゃんをその檻から解放しました。

その印象から、この部分の歌詞はセバスチャンの主張と少し混同しやすくなっています。

ですが重要な点は
この時セバスチャンは坊ちゃんが閉じ込められていた檻の中に一度も入っていないという点です。

檻の中に二人で閉じ込められていた人物は、セバスチャンではなく坊ちゃんと真シエルであることが分かります。

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檻の中で無力さを嘆き抱き合う双子:黒執事27巻第135話「その執事、献上」より引用

この歌詞の中で登場する「檻」が、サバトでの「檻」を表しているのではなく、何か精神的なものの比喩である可能性ももちろんゼロではありません。

ですが今回の考察では、
この「檻」が「サバトで閉じ込められていた檻」であると仮定して考察を進めていきたいと思います。

この歌詞の檻がサバトでの檻だったとすると、セバスチャンは檻の中に入っていなかったことから「檻の中で二人密接して」という歌詞はセバスチャンには当てはまらないことが分かります。

坊ちゃんは檻の中で密接することを望んでいない

ではこの歌詞は坊っちゃんのセリフだったのでしょうか?

そのように考えてみても違和感が残ることが分かります。

理由は、坊ちゃんは檻の中に閉じ込められ双子が密接し続けることを望んでいなかったからです。

坊ちゃんは檻に閉じ込められていた際、現状に怯え、なんとかその場から脱却したい。平和だったころの屋敷に戻りたいと考えていました。

それにも関わらず、「二人密接がいい」という陶酔さえも含むようなこのセリフは、坊ちゃんから発されたものと考えるには非常に違和感が残ることが分かります。

このセリフの持ち主は、真シエルか

以上のことから
私はこの一小節は坊っちゃんのものともセバスチャンのものとも言い難いと感じました。

となると、
このさらりと隠された一小節は一体誰の心境を歌ったものなのでしょうか?

私はこの歌詞の持ち主は、坊ちゃんと二人で檻の中に囚われていた人物である真シエルその人の主張なのではないかと感じました。

「過去に戻ること」を望んでいない真シエル

真シエルは両親の死をそこまで悲しんでいる様子が見えません。
また、檻の中にいるにもかかわらず坊ちゃんと二人で作り上げていく未来を想像し笑顔まで見せるキャラクターとなっています。

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当主の指輪をかざし「やり直すんだ 二人で」と言っている真シエル(右):黒執事27巻第135話「その執事、献上」より引用

この状況で笑顔を見せることが出来るのは不自然を通り越し少々異常であると感じます。

以前より当ブログで言及していますが、
真シエルは坊っちゃんへの歪んだ愛情があり、坊ちゃんとずっと一緒にいたいがために、ファントムハイヴ家襲撃事件に加担した可能性があります。

その可能性を踏まえると

「たとえ両親が死んでしまったとしても、両親がいた過去に戻れなくたって、檻の中で繋がったまま、二人密接がいい

と、この歌詞が真シエルの心境にピッタリ当てはまることがわかります。

恐ろしいですね((((;゚Д゚))))ガクガク


「狂気」というワード

檻の中、二人密接がいいというセリフは言わずもがなですが、最後に付けられた「どこまでも狂気へ」というワードも真シエルを捉えたものである可能性が高いと私は感じています。

というのも、真シエルはかなり異常なキャラクターである可能性が高いからです。

坊ちゃんと比較して、真シエルは笑顔が多いキャラクターであることも、恐らく非常に重要な伏線であると当ブログで考察してきました。
www.under-taker.com

またそれ以外にも、
真シエルには疑惑が多く、坊ちゃんへ歪んだ愛情を向けている可能性が非常に高いです。またその歪んだ愛情が、ファントムハイヴ家襲撃事件という悲劇を引き起こす一端を担った可能性はとても濃厚であると私は考えています。
www.under-taker.com

つまりこの歌詞の「狂気」は、そんな真シエルの「狂気」を指しているのではないかと感じました。

これらを踏まえ、
この歌詞の本当の意味を私なりにかみ砕いて要約してみます。

元の歌詞
戻れなくたって 檻の中で繋がったまま 二人密接がいい どこまでも狂気へ


歌詞要約:真シエル
「お父様お母様は死んでしまったけれど、坊ちゃんと僕が将来は慣れないようにするためには仕方なかった。だからお父様たちがいる過去には戻れないけれど、それでも檻の中で繋がれて坊ちゃんと密接出来ている今が良い。そんな狂っている僕とどこまでも堕ちていこうね」


怖いっっッ((((;゚Д゚))))ガクガク


これはあくまで私の勝手なイメージですが、
この一小節があらわしている内容は、何も知らない坊ちゃんを檻の中で優しく抱きしめながら内心この内容を思い浮かべてほくそ笑んでいるような真シエルの姿を連想しました。

曲のラストは真シエルの目線で飾られている

また、このセリフが仮に本当に真シエルを指していた場合、もう一つアッと驚く点があります。

それは、この曲のラストのサビ、曲のシメをちゃっかりこの真シエルの主張が持って行っているという点です。

この曲の大筋はセバスチャンと坊ちゃんの掛け合いを描いたものかもしれません。

しかしその陰に隠れながら、この曲を最後にシメている歌詞は紛れもなくこの真シエルの主張なのです。

まとめ

今日は「ENAMEL」の歌詞を考察してみました。

以前これは私のTwitterでサラッと考察していたのですが、私アホなのでうっかりこちらできちんと記事にしておくことを忘れていました

半年も前に呟いてたのにすっかり忘れてた…

前から考察したかったことだったのでかけてよかったです(゚∀゚)

最近は本誌ではメイリンがメインなので、真シエルについて更に深堀されるのはもう少し先になりそうかな?と感じています。

私的にはそろそろ葬儀屋さん不足なので葬儀屋さんも出てきてほしい!でも葬儀屋さんが出てくると絶対に真シエルもセットで出てくるし、そうなると嫌でも坊ちゃん追い詰めるような内容が出てくるからそれはそれで胃が痛い!でも見たい!気になる!純粋に推しの供給が欲しい!でもメイリン癒しだし可愛いし心のオアシスだし何より黒執事終わって欲しくないからもういっそのことずっとこのままでもいい!でも葬儀屋さん不s(以下無限ループ)まさにこんな感じです(それも含めて楽しいんですけどね!(゚∀゚)bbヲタクは強しです。)

葬儀屋さんはめちゃんこ欲しいけれど、
毎回登場するたびにあまりにも重要なシーンが進んでいってしまうから、なんだか推しが登場するたびに無駄なく推しの死に近づいて行っているような気がしてしまって胃が痛い…!!

↑ツイート遡ってみたら二年前から似たようなことでビビり倒していた自分がいましたwwwチキン🐓/(^o^)\

だからこの心のオアシスメイリン編は、本当に心がタナカさんとお茶しているレベルにホッとします。
ありがとうメイリン…人

死ぬほど脱線しましたが、たとえ胃が痛むほどハラハラする内容が待っていたとしても、やはり続きが気になります(#^^#)

今後も真シエルの言動を含め、楽しみに原作の展開を待ちたいと思います!

餅月